てきとうにぶっきょう

まあまあ、てきとうにてきとうに

記憶と思い込みだけで仏教について書いていきます。

途中物凄く胡散臭くなりますが、最後は低意識よろしく、いつもの調子になるでしょう。

落ちも無いし面白くも無いかと思いますので苦手な人は、りたーんえんたーきー

本題の前に

仏教は宗教です。宗教とはなにか?

私は”救済”と”布教”が宗教の大前提と考えています。救済無き宗教は宗教に非ず。救済あっても伝えねば宗教に非ず。

 

救済とはざっくりと人を救うことです。考え方や認識の仕方によって心安らかなになる、穏やかなになる、幸福になる。そうしたものを救済と呼ぶと私は位置づけています。その考えを自身のためだけに使うのでは無く、自信以外の多くの人にも伝え救えるよう考え方を伝播させる。これが布教となります。

 

これが抜け落ちたものは宗教と名乗っていても認められるべきでは無いし、名乗っていなくても成していれば、それは宗教なのでしょう。

哲学や科学も使い方によってはすでに宗教となっているものもある、そんなところです。

それでは本題へ てきとうに仏教

私が主軸としているのは原始仏教に近いものかなと思っています。なので普段から日本人の生活に根付いている葬式仏教からは少し遠くなります。

葬式仏教が悪いって言ってるのではありませんが、これは昔からの風習や習慣が根付き過ぎて、宗教の本来の役割である救済と布教から大きく離れているように思います。

 

 

仏教ではありませんが、イスラム圏の言葉で”ハーレム”と言う言葉があります。これは直訳すると”妻がいる家”と言う意味になります。ハーレムの制度が作られた頃は、砂漠地帯は今よりずっと死が近く(いまは戦争とか別の意味で近いですが)、女性独りで暮らして行くには多大な負荷が掛かっていました。さらにそれが子供もいて自分だけは無いとなると、、、とても生活できません、生きていることだけで精一杯。その中で出来たのがハーレムです。未亡人や家族のいない女性、独りで暮らしていけない人を救うための政策として作られたのです。

ですが今では女性の活躍の場も広がり、女性独りでも仕事を持ち子供を養うことが昔に比べると格段に楽になりましたし、科学技術の発展により気候による生命の危機も減っていきました。そうした中でハーレムと言う制度はいつの間にか男性の欲望のための制度。と思われるようになっていってしまいました。

 

時代によって考えや環境は移ろうものです。その時代時代に合わせて変化して行かなければなりません。

 

 

”色即是空”

 

この言葉は聞いたり見たりしたこともあるかと思います。

 

色、即ち、これ、空なり

 

”空”とは”無”のことです。なにも無い状態を指します。では”色”は?

 

よく勘違いされがちなのが”色”を美しいものと誤訳してしまうことです。美しいものも時が立てば消えてなくなる。ってな感じに。

しかしこれは少々違っていて”色”とは”この世にあるもの”と読み解くのが私は正解かなと思っています。

 

物質的な物も勿論そうです。この世にあるもので壊れないものなんて無いし、無くならないものなんてありません。ですがこれも少し違い”色”とは考え方や思考、認識等の人の頭の中にあるもの、それらも含めて全て”色”であると言うことを忘れてはいけません。

また色即是空はこの四文字で終わりではなく続いて

 

”空即是色”

 

これでセットの言葉となります。

 

空、即ち、これ、色なり

 

無からこの世にある物質や考えが産まれてくる。

この辺りの考えなんかはビッグバンから宇宙が産まれた、なんて科学の分野に繋がるような思想で面白くもあります。

 

色即是空 空即是色

 

この有名な言葉ですが、釈迦が直接残した言葉ではありません。”クマラジュ”と言う僧が残した言葉です。

彼は仏教を学び世に広めようとしていましたが、戦争で捕虜となり長く幽閉されることとなりました。戦争があるとその地を治める際に元にあった宗教を弾圧し、新しい宗教に挿げ替えると言うのは有効な方法であるため、彼は囚われることとなってしまいました。仏教を広めたいが囚われている、ただこの統治者のもとに居れば仏教を広めことができる。長く牢の中に入れらた中で彼は悟りを開いたのか、魔境に落ちたのか。その中で残された言葉です。

 

 

”悟り”

 

仏教の話になるとよく出てきますが、これはどんなものでしょうか?

 

 

一度、思い浮かべてみてください。

 

あなたはコンビニで水を買ってきてました。

ペットボトルに入った透明な液体です。

 

このペットボトルに入った水を見て、あなたは”水”である。とどうやって認識したでしょうか?

 

そもそもパッケージに書いてある。

水を買いに行ったんだから当然だろう。

最近は透明なジュースも売ったりしているがそもそも陳列されている列が別だ。

水とそれ以外の飲み物だと容器の形状が厚みが違う。

商売してんだから中身を別のものに入れて替えてるなんて馬鹿なことしないだろう。

 

 

説明しろ、と言われると色々な言葉が出てきます。ですが説明しろ、と言われる前からあなたは”水”だと認識していたはずです。買った場所や状況、普段生活している常識、色々なことを総合的に判断し”水”となった訳です。ですがそれとは別になにも考えていなくてもあなたは、これは水だ。と認識出来たはずです。

 

この考えた結果 水 である。

考えなくても 水 である。

 

考えている状態と、なにも考えていない状態。二つが同時に存在し、確証を得ている状態。

これが簡単に言うと”悟り”となります。

 

 

よく悟りを開くと言いますが、そもそも悟りには”小悟”と大悟”なんて感じで、小さく解った、大きく解った、なんて事柄によって大小に分けられたりします。

 

人は何故生きるのか?

生きていることに意味はあるのか?

 

こう言う事は大悟に入る大変なものかもしれませんが、私たちが生活していると。こうした方がもっと楽じゃないか。こう考えたらもっと楽しいんじゃないか。これも遠い意味では悟り、となっています。

ただし、思い込みとは危険なもので、この考えは絶対に正しい、間違っていない。なんて凝り固まってしまうと、それを”魔境”に落ちると仏教では表現したりします。

 

 

色即是空 空即是色 時代時代によって物事は移り変わっていくものです。

 

 

移り変わっても変わらず正しく人々の心に安定をもたらすものが本当の”悟り”らしいのですが、教えの中で矛盾を内包をしています。この矛盾があるのだが矛盾していない状態。この考え方に確証を持つことができれば本当の意での”悟り”となるようです。

 

ただ悟りを開いたから幸福なのか?と言う疑問が残ります。

人はわかならいことがあると不安になるものです。

解らないことを解消し、人々から不安を失くし救済する。理屈ではわかります。

ただ解ってしまって不安になることもあります。

こう考えが詰まっているようでは、私にはまだまだ悟りの道を遠いようです。

 

 

ここまで我慢して読んだ人はいたでしょうか?

大体の意味は伝わったでしょうか?

 

私は書いてて訳がわかなくなってきた、ってところが正直なとこです。

 

 

報告する

コメント

  1. buddha(覚者)無き時代において覚りに至るのは非常に難しいですね。
    いくつか質問をさせてください。

    ①原始仏教を軸にされているということですが、どのような方法で学ばれたのでしょうか?具体的な資料名、原始経典名など差し支えなければご教授ください。
    ②日本仏教は「昔からの風習や習慣が根付き過ぎ」とのことですが、文化の枠に包括される宗教が文化の基盤となる地理的条件、経済状況に影響を受けるのは日本に限らずごく自然なことかと思われます。伝播の過程で生じる変化は否定されるべきものでしょうか?
    ③仏教における救済とは、覚者が得た覚りの智慧に依ってのみ行われるのでしょうか。
    ④原始仏教に限らず、仏教において重要なのは教えの実践にあると感じます。普段どのような実践をされていますか?

    以上4点、無知迷妄の私をお導きください。よろしくお願いいたします。

    また「移り変わっても変わらず正しく人々の心に安定をもたらすものが本当の”悟り”らしいのですが、教えの中で矛盾を内包をしています。」
    この一文ですが、「移り変わるものであると覚ることで、不変の心の安定の境地(涅槃)に至る」と言葉を並べ替えると矛盾を解消し、よりわかりやすくなるかと思います。

  2. いかんいかん、白目むいちゃったぞ!ホギャーーーー
    フィーエルヤッペンさんの長文を読むのはやっぱりワクワクします!!!

    実家が般若心経とは縁のない宗派なので、色即是空 空即是色 については「マジでなんぞや?」状態です。
    鼻ホジしちゃうし居眠りしちゃう

    空は、無かもしれないけど、それと同時に
    『全部入り』
    (前の、幽霊と量子コンピューターの記事コメから、う゛ぁさんの言葉を借ります)
    であるのかもしれない、と思います。
    一時期、えんぴつでなぞるだけの意識低い写経をしていたときにそう感じました。
    ちなみにすぐ飽きました。

    フィーエルヤッペンさんは仏教がお好きなのですか。
    私はスピリチュアル関係で好きなジャンルがいくつかあります。
    そのどれも宗教とは無関係ですが、まるで宗教だと表現されることがあります。
    宗教という単語にマイナスイメージがあることだけは私でもわかります。

    怪しくてもいいじゃん。宗教でいいじゃん。
    とスクールの先生はおっしゃいますが、こちとら悟りひらいてないもんでまだちょっと抵抗あります。
    こんなに良いものはもっと広まっていいはずだ とか
    どうしてもっと早く知ることができなかったんだろう とか
    理解してもらえなかったときの残念な気持ち とか。
    それらを捨てきれるのも小悟かもしれませんが、難しいものです。

  3. 色んな方の意見を見聞きするのは勉強になるナ

  4. 学がないもんで全然分からないけど非常に読み応えがあり勉強になります。
    宗教には興味ないんですが、日本人故に仏教については何となく知っておいて損はない…という気持ちです。
    解脱について今度詳しく聞きたいです!

  5. むつかしい……!
    ぼくのとこは浄土真宗(葬式の時だけ)なんで「親鸞聖人がうんたら~」とか言われるけども、もともと哲学?みたいなかんじなのかしら??

  6. お酒飲んで読んだらまた別の意味を見出だせそうで面白いなと思いました。(低意識感)
    低いねボタン押したけど低いねって思ってないんだからね!

  7. @退屈男 
    細かくツッコミ入れるとボロが出るからダメなんだぞ! juyo

    ①葬式の時だけ来て、お経だけあげて帰って行くってのが繋がりの無い人の感覚だったりするので、そうでは無く考えることご肝要である、ってなイメージで原始仏教と書きましたので本来の意味とはかなーり離れてますね。
    どの様に学んだか、になると正直な話が学生の頃にNHKで夜中にやってた仏教特集とか、大人になってから禅寺で聞いた坊さんの説法とかが中心で書物からってのがありません。
    なんか面白いのあったら教え欲しいところだったり。

    ②変化は否定しないし、変化すべきものと思っています。ただその時の治世者により思考の方向性が曲げらるので、それは気をつけんといかんなあ、ってなところ

    ③仏教における、と限定されると正直にわからない、と言う所です。私は仏教だろうがキリスト教だろうが科学だろうが、帰結する所同じと思っています。ただ人間は馬鹿だからフィルターにかけて同じ答えの筈のものを別の答えにしてしまっている、と思っています。白隠禅師は大悟を18回、小悟は数え切れずとか言ったりしてたようですが、どこまで悟った人を覚者と言うのかな?ってとこで、自分で勉強するより、人に勉強を教える方が理解が進むことは良くあることで、救済してる側が気付けば救済されてることもあるかと思います。
    ただ間違った教えを広めて、人を困らせるのは本末転倒なので、どうしたもんですかね。

    ④やっていない、からこうやって書くと迷いが出るし答えが出ないってとこだと思います。格好つけて只管打坐。瞑想し答えを常に探してます、って嘯けますがそんなキャラでもないしなあ。
    なので真面目に仏教に取り組んでる方は尊敬しています。
    誰か忘れましたが、この世は地獄なんだから生きているだけで修業だ、なんて言ってる人もいたな、ふと思い出しました。

    色即是空って言葉だと、その不変の考えも時の流れにより変質する、不変ってものがそもそもブラフなのでは、とか浅はかな考えで書いてましたね。難しい

  8. @おどりゃクソ森 
    上でも書いてますが、私のこう言うのってかなり雑なので信じ過ぎたらダメですよ hikuine

    好き嫌いで言うと仏教は好きですね。調べれば調べるほど奥が深いし、科学が進むと仏教の考えと齟齬がなかったり面白い。

    宗教は便利なのでどうしても権力と引っ付いて、利己的な欲求を満たしちゃう人が一定数いるので、どうしてもマイナスイメージが付きやすいのはわかります。
    ただどの宗教も始まりは人を救うってことに根ざしてるので根っ子を見ると間違ったものないのかな、と思います。

  9. @逝きだおれ 
    恥ずかしいから、そんな目で見ないで

    たまにストレスでこうやって長文が書きたくなるだけかもしれません

  10. @えず。 
    解脱って悟りを開くことと違うんだっかな?、、、勉強してきます。

    仏教にしても神道にしても、日本の宗教って生活に根ざしていて、普通に生きているだけで実践していることもあったりします。
    たまに禅寺にでも遊びに行って坊さんの説法でも聞くとはえー、ってなって面白いですよ。大阪は大きいお寺多いですし

  11. @ミエノチェリー・N・ズンドコベロンチョ 
    浄土真宗の本願寺派って仏壇にお茶とかご飯お供えしちゃダメって最近知りました。
    私の一個人の考えでは哲学とも近しいし、相性が良いのかなと思ってます。ただ私も外野から見てなので、ちゃんと僧侶として修業されてる方はどう感じてるのか気にはなってます。
    臨済宗で用いられる公案なんか面白かったりします。

  12. @酒飲み猫太郎 
    酔ってる時ってたまに、めちゃくちゃ頭良くなって全てがわかる気がしますよね。翌日にその時のメモみたら色々察しますが、、

    ここで強がって意識低いと思ったことを隠すとは、さては相当な意識高者だな hikuine

  13. うんこ!

  14. @バーベキュー 
    ち○こ!ち○こ!

  15. だいなし><

  16. @おどりゃクソ森 
    これもまた真理の一端、刮目してください。

コメントするためには、 ログイン してください。

関連記事一覧