The remains of the ブス

私の敗北主義

 私は、高校時代ふざけ倒していました。もともと目立ちたがりのこともあって、人前で大騒ぎをし、笑ってもらえるのがうれしかったのです。

それでいて小心者でもあったので、何をするにしてもできるだけ多くの人を巻き込み、後押しを得ることが私の行動には必須でした。自分がどのようにふるまうべきかを、常に第三者からの視線によって判断していたのです。

 

 何か行事のたびに人前でバカなことをし、それを面白がった女子に話しかけられるも、2人切りになるとどうすればいいのかわからず人見知りを発揮し、ガッカリさせるということが度々ありました。

判断

 私の行動には第三者の後ろ盾が必要です。それは恋愛においても同じでした。

私が誰に癒され、気兼ねなく話ができるのかということは大した問題ではありません。ブスとブサイクの恋愛なんざ誰が面白がるのでしょうか。

 

 しかし、私は隣の席の人との交流から、狡猾にも、恋愛の面白さと話題性を学び取りました。

 私は、舵をきりました。

お目出たき人

 私は、分不相応な恋に心血をそそぐ道化を演じることによって自尊心を守りつつ、明るく性格の良い美人との恋愛に突き進みました。

あの頃は周囲のすべての人が自分の味方のようで、またすべてを大っぴらにすることでぐんぐんと推進力を得ました。

 

 そして、私は隣の席の人にも、第三者側に回っていただきました。

 高校2年の2月13日、帰りがけに袖をつかまれ、隣の席の人からチョコをもらいました。「ありがとう。」とだけ言い、美人にチョコをせがみに行きました。

 高校3年の最後の体育祭のときに、クラスも別々になった隣の席の人に、一緒に写真を撮ろうと言われました。わけのわからん言い分で、結局断りました。「結局どうするの。」「じゃあ、いい。」と言われたことを覚えています。

 卒業式の時に、一緒に写真を撮りました。私はやたらと戸惑ってしまいました。

 卒業式も終わった3月の下旬にどこか行こうと誘われました。一度は承諾したものの、結局もう東京に行かねばと言い訳し、断りました。

こんにちは氷河期。

 私は高校を卒業後、東京で浪人生活に入りました。寮に入った初日に酒とたばこを覚え、1ヶ月後には球弾きと競艇を始めました。

 隣の席の人は、地元の大学に入りました。彼氏ができたと風のうわさで聞きました。

 

 もう連絡はとっていません。

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コメント

  1. そこから得た教訓とかあるの?

  2. @バーベキュー
    教訓ではないですが、気が付いたのは自分の小心さと打算的なところです。周囲の視線が気になって仕方がないために隣の人とはダメだったのに、その後はその周囲の人にアピールして自分を盛り上げてもらう構図が出来上がったのには、自分自身で戸惑いました。

  3. 切ない……。

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