底辺デザイナーになって思うこと①

底辺デザイナーになって思うこと①

小さな頃から何かキットやプラモを組み立てるのが好きだったし、

何かありものを改造してオリジナルなモノを作る事も好きだった。

 

そうこうして青春時代は過ぎ、自分はデザインの仕事をしたく東京へ上京した。

 

理由としては、なんか響きがカッコイイこと。 自分の作ったもので誰かを喜ばせたいこと。 作ったもので世間をアッー!と驚かせたいこと。

5秒考えたら誰でも思い付く理由だが、

その3つだけが創作活動をする上での原動力そのものだった。

 

デザイン学校では様々な素材や質感、加工方法、デッサン力など

デザインの基礎を学び、自分の手先の技量や脳みその考え方がデザイナーへアップグレードされるのを感じられた。

 

そうしてデザインについて興味がどんどん湧き起こりどんどん深い思いになっていく。

 

そこで人の為のデザインをするって事はなんだろうと考える。

そうするとまた違った意味でのデザイン力が試される事が分かってくる。

 

例えばだが、個人的に思う人の為のデザインとは、 何か影響力のあったデザインの要素を取り入れた新たな派生ものだったり、 不便だと思う行為や障害者などを助けるユニバーサルなデザイン力だったり、 そういう無い部分や欠陥、現状不明瞭な部分にメスを刺すモノづくりが人の為のデザインの1つだと考えは行き着く。

 

前のデザイン会社ではまだ考えはそこまで至らず、

あらかじめ用意された誰かが考えた平面デザイン画を立体化にする仕事だった。

今思えばシナリオ通りだからそこまで難しくもなく悩みもあまりない楽しい仕事だった。

 

仕事内容を細かく見ていくと立体化するのにもある程度創造力は試されるが、 全体業務の流れやフローが分かりやすく比較的やりやすい仕事ではあった。

だが、独創的なデザイナーか?と言われればそれはNOだ。

 

そんなある日その会社を別のある理由で辞め、自分では全く新たな分野のデザイン会社へ転職を考える。

何か新しい事がやりたくて。

 

今思えばそこでその考えを止めとけばよかったと激しく後悔する。

 

 

つづく?

報告する

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

関連記事一覧