美醜の話

昔から、自分の顔が嫌いだった 丸顔なのに面長(つまり顔がでかいのである)、重たい一重、団子鼻、破裂しそうなほど肉のついた醜い頬 昔から容姿のことで虐められていた 思い出したくもないあだ名の数々 思うとこの時の経験が、今の卑屈な自分を形作っている気がしてならない
近所の子が誰も行かないような遠くの高校を選んだのはそのためだった もう顔のことで嫌な思いをするのはごめんだと、近所の高校を頑なに勧める親と塾の先生に泣いて訴え、往復三時間の通学路の代わりに、遠くの都立高校へ行くという選択肢をなんとか勝ち取った

高校は化粧をしても構わない学校だった 中学のころ、おそらくカースト上位であっただろう顔面の整った化粧の匂いがする女の子たちに混ざっているうち、前髪も巻かず、日焼け止めしか塗っていなかった私はなんだか恥ずかしくなった 新しいクラスで隣の席になった女の子に髪の巻き方を教えてもらった 入学して3ヶ月もすれば、化粧の方法は次第にわかるようになっていた
ちなみに彼女とは今でも仲が良く、その後バンドをやることになったり、今でも餃子を食べに行ったりする

高1の冬、初めて彼氏ができた 髪が長くてギターが上手く、バンプが好きな男の子だった その子が突然音信不通になるまで3年近く一緒にいたのだが、それは置いておく
とにかく高校2年になる頃には私は、入学当時からは考えられないほど、可愛くなっていた 最寄駅で中学の同級生とすれ違っても誰も気づかなくなった インスタに載せられた一年前の写真も、誰?と聞かれるくらいにはなっていた

けれど、ある時からその欲求が底なしにふくらんでいった 可愛くなりたいという感情は、高校生の女子であれば当たり前の感情だったのかもしれない しかし、昔から完璧でなければ気が済まない性格だったわたしは、美容垢の存在を知ることになる そして、今まで必死に毎日アイプチをしていたが、埋没という簡単で安価な二重整形の手段があることも知る
安価、とはいえ10万円程度だ 必死にアルバイトをすれば稼げない金額ではなかった 幸い、貯金はそれくらいあったので今すぐに行うことも可能だった けれども私の親は過干渉、かつ、親から貰った体を傷つけるなんて何事だ、という考えの持ち主だった
今思うとこの辺りで完全に鬱病を発症していたのだと思う 毎日化粧をするたびに親と言い争った 鏡に映る自分の顔を何よりも憎み、鏡を割った枚数は数知れない

それに耐えかね、母親がついに許可を出したのが高3の春だった 私ははやる気持ちで上手いと有名な美容整形外科にに行き、20分足らずの手術を終え、ようやく自前のまぶたの上の一本線を手に入れた 10万円で
単純に嬉しかった 毎日化粧をするたびにここの線が気に入らない、どうしてこんな目に生まれたんだと憎むことは少なくともなくなった
それから化粧が楽しくなったり他の部分が気になり出したりして少し注射をしたりと色々なことがあったが、最近ではありがたいことに鏡を割るほど精神が不安定になることはない

整形は悪、という風潮がいまだにどこかにあると思う 私の周りで思うのは、特に男性にはそういった気持ちが根強くあるのではないだろうか けれども私は悪だとは思えない まぶたの一本線で、輪郭の1ミリで、少しでも自分の嫌いな部分を減らせるのなら、それは悪いこと?

高3、埋没をした後に出会った人と付き合っている 彼は私の顔を可愛いよ、と言った 埋没をしたことも、ボトックス注射をしたことも、彼は知らない

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コメント

  1. ほんと、人間色々あるよな。
    人にはいくらいっても聞いてもらえないコンプレックスとかあるしな。自分で考え自分で行動できりゃ一番の策やと思うで。
    まぁ、わいの心の根底にあるのは古い人間の考え方と新しい人間の考え方が渦巻いているんやが、親に貰った~という考え方も同調できるし、そこさえ変われば~って考え方にも同調できる。
    そこで自分の人生変われるならええと思うで。
    誉めてもらうことで伸びれるなら一番いいことや。
    すまんな、今日も酔っとるし。ダラダラ書くのが好きな性格なんやと思う。
    まぁ、チラシの裏くらいに読み飛ばしてくれい。

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