水も意識も低きに流れる。孟子も老子もガブノ民。

水も意識も低きに流れる。孟子も老子もガブノ民。

孟子も老子もガブノ民

低い意識を肯定する思想のことを書こうと思ったけど面倒になったから、適当に探して出てきたサイトのコピペで済まそうと思う。こういう意識の低い行動しても許容される空間ありがてぇ。既存のSNSだったら気を張ってしまってできない。

ー孟子

「水の低きに就く如(ごと)し」はもともと孟子が性善説を説明していったことばで、人間の本性が善であることは、水が高いところから低いところへ流れるのと同じような自然の摂理である、という意味です。そこから転じて、ものごとが自然な成り行きで進むこと、人間には自然の流れは止められないことを意味することばになりました。「低き」といっても「易きに流れる」のようなネガティブな意味ではないのです。

ー老子

老子の言葉に「柔弱謙下」というのがあるそうです。
「じゅうじゃくけんげ」と読むのですが、すごくいい言葉だったので覚書として残しておこう。
柔らかくて弱々しいなかには、したたかな粘り強さがある。
強そうで剛壮なものは、粘り強さと柔軟さに欠ける面がある。
弱く謙虚なものの中には、倒れても起きあがる柔軟さがある。
自信を持ち強くなるのではなく、弱い自分を前にだす工夫。
人間弱くていい。弱いほうがしぶとく生きられる。
弱みをさらして、それでも、一所懸命やるという誠意さえ見せれば
結果はあとからついてくる。

「上善は水のごとし(最上の善は、水のようなものである)、水は善く万物を利して而(しか)も争はず(水は上手にすべての物に恩恵をあたえるだけで、他のものと争わない)。衆人の悪(にく)む所に処(お)る(だれもが嫌がる場所にいる)。故に道に幾(ちか)し(だから道に近いといえる)。夫れ唯だ争はず、故に尤(とが)無し(そもそも他の者と争わないから、咎められないのだ)」とある。

写真は『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち (河出文庫)』
面白い。ガブログ内容とは関係ない。

報告する

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

関連記事一覧