どんなにつまらない映画だとしてもそれをゴミと言い放つ人を一生ミュートにしたいというお話

どんなにつまらない映画だとしてもそれをゴミと言い放つ人を一生ミュートにしたいというお話

つまらない物をつまらないと感じる感情は自身の価値観によって決まってくる。

 私は映画が好きだ。
 Netflixでは毎日なんらかの映画を観ている。
 面白い物もあればつまらない物もある、それが映画だ。映画に限らずどんなエンタメ作品にもつまらない物はある。
 しかし、そのつまらない物をつまらないと感じる感情は自身の価値観によって決まってくる。
 自分がつまらないと思った物を面白いと感じる人もいるという事だ。
 そして自分が面白いと思った物をつまらないと感じる人もいる。
 そんな人が大きな声で自分の好きな映画をゴミと言い放ち、時間を無駄にしたなんて言っていたりする。
 とても悲しくなる。

共感をおかずにオナニーなんて猿でもしないよ。

 私はどんなにつまらない映画を観た時も、時間を無駄にしたとは思わない。
 つまらなかったなあなんて感想が残っているわけだからそのつまらない映画を観たという経験は全く無駄ではない。
 まずは良かった所を上げた上で、どこがどうつまらなかったのかを考える。
 こうしていれば面白くなったのに、なんて事を偉そうに考えたりもする。
 そうしていくと自分が好きな映画の傾向が見えてくる。当たりを引きやすくなる。
 どんなにつまらない作品に出会ったとしても私はツマラナイ!なんて意見をわざわざ表明する気になど一切ならない。言ってどうなるの、といった感じ。
 いない人の陰口を叩いて盛り上がるしょうもない職場の日常じゃないんだから、共感をおかずにオナニーなんて猿でもしないよ。

 いろんな映画を観ていると映画の見方もわかってくる。
 ジャンルムービーなんて物はその見方がわかっていないと面白く感じれない部分が出てきがちな物の一つであると思う。
 プロレスを観れる人と観れない人の違いにも似ていると個人的には思っている。

 自分が好きな映画の傾向も理解しきれず、無作為に選んだ注目作を観ては汚い言葉で罵り、ゴミと切り捨てる。
 側から見ていればどうでもいいが自分の好きな映画でそれをやられると只々不快でしかない。
 そういう人には何を言っても響かないという事は5ちゃんで学んでいる。何度かレスバをした記憶はあるがそういう人とは一生分かり合えないであろうとその時認識した。

 バカは声が大きいとはよく言うが、そのバカの一種が彼らなのだと思う。
 バカはバカを呼び、叩ける対象が見つかるとまたバカが集まる。
 そんな光景、現代社会にちょくちょく見かける気がする。
 意図的にそんなバカを晒し、叩ける対象を作ってはバカを集め、自分の信者を増やすどっかのIT系がいたりもする。
 というかどっかのIT系はだいたいそんな感じのイメージがある。

 話が脱線したがそんな一生分かり合える事が無いネガティブバイブス振り撒きマンは一生ミュートにして存在自体を見えなくしたい、というお話でした。

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コメント

  1. そういう人を相手にしてしまうとどっかで拾ったデータを持ち出してきて
    「ほら!こんなにみんなの評価悪いんや!ワイが正しい!」
    みたいなこと言ってきたり。知らんがな、てゆー。
    周りの評価は悪いけど自分は好きな作品に出会えたら逆に嬉しいけどなぁ。

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